地震の被害

地震に見舞われて1日半が過ぎ、ようやく体調も蘇ってきたといったところ。
あの異常な揺れを生まれて初めて経験したのは、日本橋小網町のとある雑居ビルの2階だった。
あれ?揺れてるかな?と思い同僚に「地震だね」と言って、何事もなく仕事に戻ろうとした瞬間に今まで感じたことのない一方的な揺れを体全身で感じた。「これは、デカいぞ!」と叫んだ。立っているのもままならないほどの力に翻弄されながら、自分の意識の中で錯覚なのか現実なのか判断を探ろうとすると、部屋の片隅にいた女性が床に倒れ、悲鳴をあげた。「これは、ヤバイ!大地震かも?」と思いボクは建物の外へ出ることに決めた。そこにいた全員もそう考えたようで、一斉に部屋を出て階段を駆け下りていた。
建物の外へ出ると電信柱は揺れ、電線は奇妙な弧を描きながらその異常さをひたすら伝達しているようだった。ボクは「何か大変なことが起こるかもしれない」と身構えた。
大きな揺れを感じながら、自分がさっきまでいたビルを見上げると大きく左右に動いている。信じられない光景だったが、視線を360度回して他の建物の様子を確認すると、大きく揺れている建物やしっかり踏ん張っている建物、まったく意に介さないように平然と佇む建物など様々だったが、そのそれぞれが人間の一人ひとりの人生を物語っているように感じられた。
ぞくぞくと建物から人々が溢れ出て来る。車は人の塊で道路を走ることができない。ボクは気がつくと車道の中心線あたりに立っていたことに気がついた。幅30メートルの前面道路の両側は5階以上の建物が連なっているので、無意識のうちにその両方の建物から遠ざかっていたのだろう。建物のガラスが割れ、頭の上に降り注いできたらたまらない。ボクのそんな行動を見た他の人たちも皆車道の中央に集まってきた。もはや車道は車のためのものではなかった。
人は車道に佇み、車は動くことを断念した。
地震は断続的に続いている。人々の目がひとつの建物に釘付けになった。ちょうど鋭角に切りとられた敷地に合理的に建てられた三角形のモダンなビル。その壁面が複雑な動きでまるでゼリーのように形を変えながら揺すられていた。「アレはすべての窓ガラスが粉砕し、倒壊する」と思った瞬間に地震の揺れが収まり、その危うい建物も事なきを得た。しかし、あの複雑な動きを見せていた建物を目にした人々は、今後絶対にあの建物で仕事をする自分の姿は想像できないだろう。
仕事は17:00で切り上げることにした。電車はすべて動いていない。
「地下鉄はムリかもしれないけど、JRだったらすぐに復旧するんじゃない?」などという女子社員の気楽な意見は参考にせず、ボクは自宅まで歩くことに決めた。もし、電車が動いたとしてもそこに帰宅の人々が殺到する。信じられるのは他人の力ではなく、自分自身の力のみと言えるだろう。
結局、人形町から自宅まで30km、6時間を歩きつくした。途中無数の人々が歩いている中、歩道の狭さや凹凸、歩き辛さを身に沁みたのは新しい発見。道路といえば車道と車のことばかりを考えて舗装してきたようで、歩道に関してはほとんど整備されてないような気がした。街路樹の成長により歩道のインターロッキングが盛り上がり、ちょっとした盛り上がりで足を取られ転倒しそうになったり、もともと狭い歩道に無理やり歩道橋を敷設し、人一人が通れないほどの狭い歩道があったりと、道路は車だけではなく人も利用するものだということをしっかりと考慮して作っていただきたいものです。

歩き始めは軽快な足取りで、前を歩く方々がうっとおしくて仕方がなかった。特にすぐ前を歩く人が携帯のメールを見ながらタラタラ歩いているとムッとしたものだ。しかし歩いて4時間を過ぎる頃になると、足裏はもちろん脹脛、太股、股関節の異常な痛みに苛まれ、思うように足が出せなくなってきた。「ちゃんと、家まで辿りつくことができるのか?」と不安になる。そうなると、携帯を見ながらそうしてタラタラ歩いている人に付いて行くのが体力的にやっとになった。心とは裏腹に・・・。
地震が起きてもう6時間半以上携帯が機能しない状況が続いていた。電話とかいろいろな先端技術はこうした有事の際には無能となる。いかに自分の体を鍛えておかなければならないかということに改めて気が付かされたと思いました。
半ばビッコをひきながらようやく辿り着いたわが家。カミさんと息子はリビングでゆったりと過ごしていた。「お父さんは大丈夫かな?って心配したけど、ニュースでそれっぽいのがなかったから、適当に生きてるかな?って思ってたよ」
足の裏は粗い鑢で削られたようで感覚がなく、つま先から臀部までは自分のものではないような激痛だ。玄関になだれ込むように倒れたボクは、必死に靴を脱ぎ、風呂場に向かった。湯船を確認すると温かいお湯が確認できた。ズボンを脱ごうと腰をかがめた時に、耐え切れずその場で転倒。そこで家人がボクのところに駆けつけた。
「どうしたの?お父さん、大丈夫」
「大丈夫じゃない!足に力が入らないし、激痛で他人の下半身のようだ」
結局その日の風呂は断念。息子の肩を借りて寝室に担ぎ込まれ、ベッドに寝かされた。

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テレビ局さん、平日のゴールデンタイムに見るものないね。

昨晩はたまたま早く帰宅できたので、ゆっくりと風呂に浸かり暖まってすっきりとしたところで、リビングのソファーに体を沈み込ませて、テレビを観ることにした。20時前のいわゆる平日のゴールデンタイムにこうしてテレビの前に座るのは果たして何年ぶりのことだろうか。
冷蔵庫から冷えた缶ビールと白菜の漬物をを取り出し、テレビの前のテーブルに置く。テレビのスイッチを入れて、グラスにビールを注いだ。我が家のテレビは液晶の40V型。買ったばかりの頃は大画面で気分が良かったものだが、最近は物足りなささえ感じるようになった。とはいえ薄給の身で新しいものと買い換えるわけにはいかない。
台所に立っていたカミさんが続々と夕食のおかずを手に姿を見せ、テレビの前のテーブルに並べる。ボクがいつも帰宅する11時過ぎには、こんなに4品も5品ものおかずを目にしたことはほとんどなかった。おかずの匂いに釣られてか息子も2階から降りてくる。「腹へった」いつもの息子から親へのあいさつである。
気を取り直して、テレビに視線を移した。なにやら骨董品のように古ぼけた大きな金庫を変なおっさんがこじ開けている。なんじゃこりゃ?しばらく見ていてばかばかしいことに気がついた。どこかの大富豪の家の金庫だというが、その中身を見たとしてもボクにとっては埃ほどの価値もない。すぐにチャンネルを変えた。たけしのテレビタックル?これはむしょうに腹が立つ番組なので、昔から見ていない。1秒で切り替え。さて次は・・・、水戸黄門か。毎回同じでつまらない。こちらも秒殺。さてさて、次の番組は・・・。えっ?テレビ公開捜査?「お父さん、これヤラセだよ」横から息子が一言。「ほお、おまえ、ヤラセなんて言葉、いつから使うようになったんだ」「いつの間にかだね。お父さんがいつも使ってるから」「ははは、そうだおまえの言うとおりこの番組は見るだけ時間のムダ。ヤラセのほかの何者でもないな」と言って次のチャンネルに変えたが、そこも何をやっているのか分からない内容のないバラエティで瞬殺だった。結局、偏向報道のNHKを見るしかなくなったが、途中から見るにっぽん紀行は見ても上の空。そうこうしているうちに、カミさんが「見るものがないんなら、録画していたドラマ見てもいい?」ということで、久しぶりに楽しみにしていた一杯飲みながらのテレビはおしまい。
しかし、この国のテレビ局ってどうなっているのか?視聴者をバカにするのもほどがある。平日のゴールデンタイムの番組をほとんど見なくなって久しいが、昔の番組もこんなものだったのか?日本人の脳みそがどんどん軽くなっていくのが良く分かる。

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皆さんも加齢黄斑変性にならないよう・・・ご注意を。

先日、杏林大学附属病院のアイセンターで血管造影剤を投与しての眼底検査をした結果、正式に左目が加齢黄斑変性と診断された。今のところ右目は正常だが、いずれ右目も同じ病名の疾病にかかることが予想されるといった。通常60歳~70歳の高齢者に多い病気だというが、ボクのような若輩者がなってしまうとは不運なことである。
この病気は治療法はなく治すことは出来ない。失明するまでその進行を見守っていくしか方法がないという。悲惨な病気だ。ただ、現在進行形でその治療法を研究している段階で、近い将来に画期的な治療法が発見されるかもしれないという。今のところはサプリメントのルティンを飲むことにより進行を遅らせる可能性があるということを担当の医師から説明された。
これにかかってしまう原因は良く分かっていない。青い目の外人に多く見られる病気だが、昨今は日本人患者も多くなってきているという。
今回のことでこの病気を初めて知ったが、確かではないが予防することは少なからず可能だったという。そう、ルティンを事前に飲む習慣をつけておけば発症に至らなかったかもしれないということだ。
これを読んだ皆さんは、ボクの不運を参考に事前にほうれん草を頻繁に食べるとか、ルティンのサプリメントを飲む習慣をつけるとか、後で後悔しないように対策を・・・。

参考はこちらをどうぞ。

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背中に激痛が・・・。

朝起きて顔を洗った。手で水をすくい顔をごしごしとこする。三回ほど水をつけた後洗顔石鹸を手にとって、再び顔を洗う。今日は念入りに洗おうと少し力を入れて、顔をこすったその時、背中に激痛が走った。背中の真ん中よりも数センチ右よりの肩甲骨と背骨の間くらいのところにぶっとい針を打ち込まれたような激しい痛みだった。一瞬、何が起こったのかわからず、顔に石鹸を塗りたくった白い顔のまま息が止まり動けなくなった。
ヤバイ!骨か?筋肉か?
恐る恐る手を顔から離すと背中に違和感が残っている。激痛が鈍痛に変わった。
出しっぱなしの水でゆっくりと手をすすぎ、顔についた石鹸を落とす。痛みを確かめながらゆっくりとゆっくりと・・・。残ったのは激しい痛みではないが、その不快さで首や腋にしっとりと冷汗が浮いている。
顔の泡を落としリビングに戻ると、ソファーに腰を下ろす。
首を左に曲げてみた。約72度くらいのところで痛みが走った。今度は右に曲げてみる。今度は45度くらいで激痛が。しきりに溜息ばかりが出てくる。
これくらいの痛みなら会社へは行けそうだ。意を決して背広を着込み家を出た。
満員電車は堪えた。痛みからかしきりに汗が流れてくるのだ。首を動かすと激痛だ。魔の45分間だった。
結局、昼休みに会社の近くの整形外科へ。
レントゲンを撮って分かったことだが、原因は首の骨だった。普通の首の骨は等間隔で繋がっているが、ボクの骨は上から5番目と6番目の間が狭くなっていたというのだ。ヘルニアとまではいかないまでも、首を回したり、特に上を見上げるように頭を後ろに反らすことは止めてくださいと医師に言われた。

そういえば、昨日公園で背骨を反らす運動ができる遊具があり、気持ち良さにかこつけて相当長く背骨を伸ばしていたが、当然首の骨もかなり反らした。たぶん、これが原因だったのだろうが、本当に歳はとりたくないものだ。

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セミの声 その4

今日は清々しい小春日和だったので、久しぶりに犬を2匹連れて、木々が生い茂る中央公園まで足を伸ばした。今年の夏は猛暑続きで犬の散歩も敬遠気味だったので、思い切って4時間コースを走破した。
住宅地をぬけ緑豊かな公園に近づくと、何とツクツクボウシが元気良く鳴いているではないか。おいおい、もう10月だぞ。こんなことって・・・。
8月の後半から9月にかけて、ボクはツクツクボウシのせつない鳴き声を求めて耳を澄ます毎日だったが、9月中旬でもうこの鳴き声を聞くことを今年はあきらめていた。ところが、である。
ということは今年のセミたちは公園等の自然に満ちた環境では例年のように賑やかに鳴いていたのだろう。ボクのテリトリーである住宅地にはなかなか遠征して来なかったと考えられる。
もう夏の記憶を忘れ去った10月にツクツクボウシでは、あのせつない気持ちに浸る気分にはどうしてもなれなかったが、なぜかホッとした一日だった。

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セミの声 その3

結局今年はとうとうツクツクボウシの軽やかな大合唱を聞くことは出来なかった。
最後にセミの声を聞いたのは1週間ほど前の「ミーン、ミン、ミン・・・・」だった。どこか寂しい限りだ。
ツクツクボウシの音色を思い出すとなぜかセピア色に染まった遠い過去の一場面が脳裏をよぎる。決まってあの日。小学5~6年の頃の夏の終わりの夕方近くだ。

その時突然、真っ黒な雨雲が太陽を隠し、一瞬にしてあたりが真っ暗になり、大粒の雨がいきなり落ちてきた。友だち数人で「警察と泥棒」で遊んでいたボクらは突然の大雨に打たれ頭からつま先までずぶ濡れ状態だった。雷は鳴り響き、その時の一瞬のあたりの暗さは尋常でなかったことだけを覚えている。まさに空を巨大な遮光カーテンで遮断したように暗く稲妻が異様に眩しかった。ボクらはそれぞれに手を繋ぎながら目を丸くしてその異様な光景を眺めていた。その状態が大体5分~10分くらい続いただろうか、時間的な感覚はほとんど覚えていないが、やがて少しずつに明るくなっってきた時に、何事もなかったかのようにツクツクボウシの鳴き声が響いてきたのだ。
まるでボクらが別世界の暗黒界にタイムスリップし、明るくなるとともに聞こえてきたツクツクボウシの鳴き声が、現世界に戻りつつあることを教えてくれたといったような。とにかく、その時の「ホーシン、ツクツク」はとてもありがたく、小さな心にある希望を与えてくれたといえた。

今年の夏の終わりは、なんか味気ない。

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ピザハット、最高です。

去る6月21日の当ブログ「出前館、使えない」でピザの宅配について書き連ねたが、今日非常にありがたい事実があったことが判明した。それをこの場で披露しておきたい。
「出前館、使えない」では、ピザをネット上(出前館)から注文して、ポイントを稼ごうとしたが、ポイントが付かぬまま長期にわたって出前館を利用し続けてきた自分のバカさ加減を文章にしたものだった。ネット注文でポイントの付与で四苦八苦し、そうこうしているうちにネット利用者の増加により回線が混み合い、画面がフリーズして注文がままならなかった話だ。まったく使えないネット・出前館を紹介したもの。
結局、その日は電話注文に切り替えて発注。土曜の夕方6時近くからパソコンを操作し始め、電話注文に切り替えたのが7時半。ピザにありつけたのが9時近かったことを鮮明に覚えている。

今日もピザでも、と思いカミさんにその許諾を求めると、おもむろに一枚の割引券をボクに差し出した。
「先日は大変お待たせし、誠に申し訳ございませんでした」と書かれた700円の割引券だった。ピザを前回注文したのはまさしくあの日6月19日(土)。あの日以来注文していなかった。だからその謝罪文は確かにあの日の出来事を指しているとすぐに理解した。
「この割引券、どうしたの?」とカミさんに聞くと、
「大分前にピザハットから送られてきてたの」と。

ボクは満面の笑みを一生懸命につくり、顔をしわくちゃにしながら「エライ!」と思わず叫んでしまっていた。そのピザの宅配店はあの日本ケンタッキーフライドチキンのピザハットさんでした。顧客の心をよく分かっておられる。これぞ真実のサービスです。一気に優しい気持ちになり、心が和らいだ。
そうか、我が家は3ヶ月近くもピザを注文していなかったのか。これからはもう少し頻繁に頼んであげなければならないぞ。

こら、出前館!。アンタんとこもピザハットさんの爪の垢でも煎じて飲めってもんだ。サービス業の心を知らないただの機械的なネットサービス配信会社とは月とすっぽん。
これからはピザは電話注文で必ずピザハット・・・。大満足のお話でした。

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加齢黄斑変性の精密検査で大チョンボ

加齢黄斑変性の精密検査のため、再び病院へ行った。
今日はカミさんに車で送ってもらい、9:00に病院に到着。造影剤を注射して瞳孔を開いて、眼底写真を撮影し、眼球の血管の状態を検査するという段取りだった。
まずは予診室で今日の検査についての説明と血圧測定を。
なに?血圧測定?ボクはもう10年来高血圧症と診断され、他の医院で治療をしている。薬を飲んで安定させているが、ここ1週間くらい薬を飲んでいなかった。
その理由は・・・。もう20日ほど前に通風の発作があり、また別の医院に飛び込んで診察をして尿酸値を下げる薬と炎症を抑える薬を処方された。だからそれ以降、いつも朝に血圧の薬と通風・痛み止め、夜に通風・痛み止めと2週間以上飲み続けていたら、1週間ほど前から胃の調子が悪くなってしまった。熱いスープやお茶、ビールなどを飲むと胃の上の方がヒリヒリするのが分かり、ゲップが止まらず、何も食べていない時でも胃がただれているようなスースーした違和感で不快指数100%だった。だから胃の調子が戻るまですべての薬をやめていたのだ。
結局、今日の血圧は異常に高く、精密検査は受けられないとのこと。おい、待てよ。血圧が高いと検査できないなど事前に聞いていないぞ。しかも、ボクが高血圧症の治療を受けていることはちゃんと前回来た時に報告している。医療現場の人間たちにとっては常識のことでも、我々素人、特にまだそれほど大きな病気もしたことがないボクにとっては赤子の知識同然なのだ。忙しい仕事の合間を縫ってここまで来ているんだ。

どこに怒りをぶつけていいのか分からぬまま、病院を後にした。

ところで、薬をやめても1週間くらい胃の調子が悪い。このままずっと治らないんじゃないかと思ってしまう。実は今日の目覚めはすこぶる良く、胃の不快感もまったく感じず、朝食もおいしくいただいた。病院へ行くまでは「もう胃の調子は戻った」と喜んでいたのだ。ところが、今日の一件で病院の玄関を出た瞬間からまたシクシク・ヒリヒリが始まってしまった。胃というものはこれほどまでにデリケートなものだったということも初めて知った。
これからはこうした病気の話が多くなる年頃になったということか。

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セミの声 その2

やはり今年は異常だ。9月に入って2日目の今日、家のすぐ横の電信柱から声高らかに「ミーン、ミン、ミン、ミィーーーン」とミンミンゼミの鳴き声が聞こえていた。季節感がかなりずれている。例年なら8月も20日過ぎになると「ホーシンツクツク、ホーシンツクツク、ビャーオ、ビャーオ、ビャビビーオ、ビャビビーオ、ビャビビビビビビビビッビーーー」とツクツクボウシで賑やかになり、ああ、今年の夏ももう終わりかな、とせつない気持ちになるはずなのだ。なぜせつない気持ちになるかといえば、開放的で大らかな季節に賑やかな海岸へ繰り出すわけでなく、何のアバンチュールもなく、出会いもなく、目的もなくただ漠然と過ごしてしまった自分に対して幻滅し、せめてもう少しだけでも暑い夏を感じさせて欲しいといった情けなくも寂しい気持ちがこんこんと湧き出てくるからだろう。
というわけで、今年は9月に入ってもまだまだミンミン鳴いているからか、何なのか分からないが、まだまだせつない気持ちにならないから不思議だ。

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渋谷ハチ公横宝くじ売り場3番窓口 その4。

第587回サマージャンボ宝くじも5等・3000円が1枚当たっていた。何とまたまた「渋谷ハチ公横売り場の3番窓口」で買ったくじだった。賞金は低いながらもこれで3戦2勝1敗だ。2勝はいずれも3000円だが、6等以外がたて続けに当たったことは今まで一度もない。運が向いてきたのか、この2回で運は尽きてしまうのかは分からないが、悪い気はしない。
どこかで聞いた話だが、1等2億円が当たる確率は1枚購入で、東京から大阪まで宝くじを縦に並べていった時にそのうちの一枚が当選だという。自分が川崎にいるのか、富士山の麓にいるのか、名古屋にいるのかは知らないが気の遠くなる話だ。
また、もうひとつのたとえ話は東京ドームに新聞紙を一杯に敷き込み、天井から針を落として当たった活字ひとつ分が2億円だという。
ああ、夢が・・・(ため息)。

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